2008年08月31日

フランス映画 『フランドル Flandres (2005)』

Flandres003.JPG

今回は、2005年フランス制作の『フランドル Flandres』を紹介。
2006年カンヌ国際映画祭で審査員グランプリ受賞作品。
レンタルで借りたものだが(最初から期待していなかったせいか)
なかなか良かった。
フランスの田舎に住んでいる若者が中東へ戦争に行く話だ。
フランスと言えば(外国人が首都東京を思い浮かべる様に)
大抵の日本人はパリなどという極めて特殊な大都市しか連想しない。
しかし日本という国が東京だけで構成されているのでは無いと同様に、
フランスという国はパリだけでは語るのは、
フランス人への侮辱である。
パリジャン、パリジェンヌは、パリ人であって、
彼らは典型的なフランス人ではない。
パリ以外に住むフランス人は(パリ人などという
気取った人種ではなく)素朴な人柄の人が多いと感じる。
そもそもフランスという国は人口が日本の約半分しか居ない。
都市人口が5万、或いは10万も居れば大都市である。
フランス国土の大部分がのどかな田園地帯であり、
小さな部落、村、町等で構成されている。
この映画の舞台の村?がフランスそのものの象徴である。
主人公の若者(農民)が暮らす場所は、田舎そのもの。
この映画で出てくる、フランスの娘は典型的なフランス娘に感じる。
(日本にも典型的な日本美人のステレオタイプがあるように)
フランスの女はイギリスともスペインともイタリアとも違う。
私の個人的な独断だが、欧州で日本人好みの美人が
もっとも多いのはフランスだと思う。(最悪なのはイギリスである)
ゴツイタイプの美人は日本人には好まれない。
本映画に出てくる娘が皆カワイイ。(日本人好みのフランス娘ばかり)

映画についてだが、中東の戦争のシーンは迫力がある。
主人公達の一団がピンチの場面でも、
(アメリカ映画のご都合主義の)奇跡が起きて
決して救われることは無く、リアリティに満ちている。
映画の終わり方についてだが、やはりアメリカ映画の様には、
ハッピーエンドでは終わらなくて、釈然としないものがあるが、
それは現実と同じであって、我々が生きている世界も
ハッピーエンドではなく、不条理に満ちている。
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2008年08月23日

百年前の世界が蘇る 『アルベール・カーンのカラー写真』

albertkahn01.JPG

「銀行家で大富豪だったアルベール・カーンは、
当時開発されたばかりの技術で各国の様子を、
世界で初めて7万2000枚のカラー写真と、
100時間に及ぶ記録フィルム(一部カラー)で残した」
(紹介文より抜粋)

今回は、NHK-BSでも放映された、百年前の写真を取り上げる。
アルベール・カーンが指示して撮らせた、これらのカラー写真には驚異的である。
とにかく綺麗である。アルベール・カーンのカラー写真は鮮明に当時を伝えている。
アルベール・カーンは第一次世界大戦をも撮影させている。
これらの写真は20世紀初頭のフランスである。
アルベール・カーンの金の使い方は良い。
昔から欧米の金持ちは公共の為に私費を投ずる者が多い。
日本の金持ちにも見習って欲しいものだが(日本の金持ちは銭の勘定に忙しくて)
期待するだけ無駄だろう・・・。

ちなみに、これらのカラー写真は、オートクローム(Autochrome Lumiere)と言い、
フランスのリュミエール兄弟によって発明された。
昔からフランスは発明大国であって、兵器等が特に発達しており、
今でもフランス(核保有国)の兵器は世界中に輸出されている。

昨今、くだらないクイズだのSFまがいの歴史番組が実に増えた。
歴史番組にしても、失笑を買うような番組ばかりだ。
その点、NHKは、日本のTV放送局の中でも、
まだまだまともな方だろう。
私は良質のドキュメント、或いは良質の歴史番組だけを欲する。
江戸時代だのエジプトだのインカ・アステカや
ローマの歴史番組ばかりで飽き飽きする。
一生行く機会も無い、行く予定すらない、
エジプトだの中南米の歴史なんて正直どうでもいい。
江戸時代の大奥にしても、どうでもいい。余りにも今の時代から遠すぎる。
その点、20世紀初頭は、それよりもまだ遠くないし、身近に感じる。
あと思うのは、毎年、戦争関係の番組は少なくなってきている。
NHK以外の民放では皆無であった。
この日本で実際に起きた事、その事実だけを伝えて欲しい。
近年、良質の番組はめっきりと減った。嘆かわしい風潮である。
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2008年08月10日

敗戦の象徴歌 並木路子 『リンゴの唄』(1945)

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日本敗戦直後の映像のBGMとして使われる定番の歌であるが
そもそもはGHQ(連合国軍総司令部)の検閲を通った第1号映画の映画
「そよかぜ」の主題歌である。(”今は”YOUTUBEで見る事が出来る)
「そよかぜ」の主演女優は撮影当時23歳の並木路子であり、
彼女が劇中で歌うのが、この『リンゴの唄』である。
前奏、間奏とも今とは全く違い、時代がかった戦前そのものである。
(今の芸能界はハーフ顔が多いが)並木路子は日本的で古風な顔立ち。
いかにも松竹少女歌劇団らしい。
本映画には、今となっては死語と化した女言葉が健在である。
みち(並木路子)「そんなに心配した?ごめんなさい。だって、わたし・・・」
横山(佐野周二)「ううん、もういいよ」
みち(並木路子)「わたし、勉強するわ。歌って歌って、歌い抜くの」
女言葉の消滅は、私の記憶では昭和50年頃から顕著となったと思う。
女言葉は、今となっては完全に失われた。
今でも使っているのは、最低でも60歳以上のご婦人ばかり。
しかし男の言葉使い(それに髪型、服装)は
変化は殆ど無いといっても過言ではない。
それに、昔の映像に出てくる人の話し方だが、
今の様な早口は見られない。
全部がそうだとは言い切れないにしても
昔の方が話し方がゆっくり、おっとりしている様に感じる。
映画でもそうだが、それは映画だから、聴きやすい為なのか、
それとも、昔の話し方は今よりもゆっくりであったのか・・・。
何にしても、今とはまるで違う世界が広がっている。

この映画は制作側が思ったよりもヒットしなかったと言われている。
それは当然だ。敗戦直後、映画なんていう娯楽を、
生きていく為に必要でないものを、わざわざ金を出しまで見に行く余裕が
ある者はそう多くないだろう。
金銭的にも精神的にも余裕が無くては映画なんて見ることは出来ない。
多くの日本人は戦争によって、いろんなものを失った。
家族が死に、友人が死に、家は無く、食べ物も無く、
何もかも戦争で失った者にとっては、映画どころではない。
映画よりも(映画を見る金があったならば)まず食料を買うだろう。
映画を見なくても死ぬことはないが、人間は食べなくては死ぬ。

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2008年08月03日

レンズが見た昭和20年代 林忠彦著『カストリ時代』

kasutorijidai01.JPG

今回は、1987年に朝日文庫から刊行された、
林忠彦撮影・著『カストリ時代』を紹介する。
(以前から紹介しようと思っていた)
1987年に私が新刊で買ったものである。
当時、私はこの本の中に収められている写真を
興味深く眺めたものだった。
勿論、今でさえもこの時代は私には興味深い。
同じ日本とは思えない程の異世界は広がっている。
林忠彦は今となっては貴重な写真を多く撮影している。
復員兵、浮浪児、太宰治などの文士、
それに(かつては小林トシ子も在籍していた)
日劇ダンシングチーム・・・。
検索して判った事だが、林忠彦の写真展「カストリ時代」を
奇しくもつい先ごろまでやっていたようである。
こういうシンクロを私はよく体験する。
この時期の映画として、私は「麻雀放浪記」を思い出す。
私が多感な十代の頃にTVで放映した事があって、
強烈な印象を残したのだ。
映画の中で流れていた、岡晴夫の「東京の花売娘」(1946)は
私の好きな歌となった。

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