2010年01月06日

一目見ただけで、こいつは変な奴って判るよな?『Mr.Bean』

MrBean010.JPG
初め、『Mr.Bean』には興味は無かった。
なんかツマランというイメージ先行であった。
しかし1997年の暮れ(1998年1月1日)に
NHKで放映していた、『Mr.Bean』を何となく見てから、
笑いのツボにすっかり嵌ってしまい、それから好きになった。
映画は二作とも見たが、やはりどうも違う。
短編の方がやはり面白いようだ。
レスリー・ニールセンの『裸の銃(ガン)を持つ男』でもそうなのだが、
物を壊してしまい、それを直そうとして、余計に壊してしまい
余計に収拾がつかなくなるネタが特に好きだ。
ローワン・アトキンソンの日常生活が見てみたい。
TVに写るとかマスコミに出るときはどうしても、
彼のサービス精神が無駄に発揮されて、コメディになってしまうが、
彼の生真面目な英国紳士然とした日常を見てみたいものである。
相当生真面目でなければ、彼のコメディはとても出来まい。
その点、ザ・ドリフターズに相通じるものがある。
コントは劇なので、生真面目な者で無ければとても演じきれない。

笑うのをこらえるのが大変だった思い出がある。
随分昔のことだ。もう10年以上前になるだろうか。
映画タイタニックが上映されていた頃だ。
喫茶店でくつろいでいた時、隣のおネーちゃんグループの
会話が何気に耳に入ってきた。
「私さ、最初顔にセーロガンでもつけてんのかなと思ってたの・・・。
よく見たら、それがデカイホクロでさ・・・」
つーか、顔にセーロガンつけている奴なんかいねえよ。
どこのマジナイだよ。
私の笑いのツボにすごい嵌って笑いをこらえるのが大変だった。
その話をしていた、おネーちゃんのセンス最高!
ボケがいい味だしてんな。正に天才だと思う。
まだまだ逸材がこの日本に眠っている。
楽しい奴というのは最高だ。
人生に笑いという、とっておきののスパイスを加えてくれる。
posted by zola at 20:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 懐かしいTV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ブログ閉鎖します。長い間ありがとうございました』

まあ、そう書いておいて閉鎖しない奴は多いよな。
有言実行とか不言実行という言葉があるよな。
まあ辞める奴は何も言わず辞めるもんだ。
怒られるうちが華という言葉がある。
本当に厳しい状況では、怒られず、
明日から来なくていいよと言われるだけ。
怒る奴というのはわかりやすく難易度は高くない奴だ。
いちいち言うのはまだ判りやすい。
何か大きな失敗をしたとする。激怒を顔に出す奴は正直者だ。
全員が顔に出す訳じゃない。
全員の顔を見てみると怒った顔をしていないが、
雰囲気というか、空気でこりゃ相当不快を感じていると
読める奴がいる。こんな人物はわかりやすくない。
そんな判りにくいもの、人というもの、人間というものを
理解するのは、上っ面だけ見ていてもしょうがない。

前の記事で、日本の悪役の役者の演技について一寸書いてみたが、
日本の演劇、映画がそのように演じろという不文律があるのかどうかは
知らないが、日本の役者は海外の役者に比べると格段に落ちる。
幼稚園児の学芸会レベルだ。点数をつけることさえ出来ない。
そもそも役者に向いていないというか、田舎にとっとと帰りなと言われるレベルだ。
勉強が足りないというか、最初から勉強をしていないし、
勉強そのものすらしたことがないレベルだ。
芸能人=芸NO人とはよく言ったもんで、それくらいのレベルで
日本人の平均的生活以上が出来るほど、日本の芸能界は大甘だ。
役者というのはその決められた人物になること。
その人物をまねるどころじゃない。その人物になる。
悪人なら悪人。狂人なら狂人。馬鹿なら馬鹿。天才なら天才。変人なら変人。
それっぽくするんじゃないんだ。その人物になるんだ。
真似るんじゃないんだ。その人物になるんだ。
それが判っていない奴ばかりで閉口する。悪人を演じる時は、悪人そのものになる。
それっぽくじゃなくて、悪人そのものになること。
本当の悪人というのは、恫喝ではなく、そのものの威圧感と存在感だ。
生理的なネチネチとした、嫌悪感だ。恫喝や怒鳴るという行為は判りやすい。
本当の悪人というのは決してわかりやすい存在じゃない。
判りやすいほど、親切でもない。警告してくれるほど判りやすくも親切ではない。
(表面だけを見るんじゃなく、内面を見るんだ。真実は決して判りやすいものじゃない。
重要なものほど内面に隠れている)
本当の悪人は決して判りやすくはない。考えるんじゃなく、それを感じるんだ。
役者は何も無人島に暮らしているわけじゃないだろうから、周りに人間がいると思う。
稽古の行き帰りでも、何でもいいいんだが、人間観察をしてみる。
役者はいつでもどこでも、勉強できるし、どんなことでも勉強になるもんだ。
大きな失敗した時、相手がどんな顔をしているのか、どんな話し方なのか、
どんな仕草なのかなどを観察してみるんだ。
よく自己紹介する時、役者の端くれとか謙遜して言うが、
まあ、あのレベルじゃ日本の役者は役者の端くれとはとても言えない。
役者の端くれですらない。完全無欠の素人だ。怒るかも知れない。
では、湧き上がってきた、その怒りというものをどう表現出来るかだ。
偽の演技の怒りじゃない。本当に湧き上がってきた怒りをどう表現出来るかだ。
怒鳴るだの恫喝はまだ真の怒りではない。憤怒というものはそういうレベルではない。
人を演じるには、対象の人というものをいかに日頃見ているか、
観察しているかにかかっている。その研究材料(人間)はどこにでもある。
これで勉強できないとはとても言えないはずだ。

役者も死ぬまで勉強だと思うし、役者に限らず、どんな分野であっても死ぬまで勉強だ。
本を読まない映画関係者や役者ばかりだが、本を読むことも大事だ。
判っていることをいちいち読む必要は無い。時間の無駄だし、人生の浪費だ。
本を軽視する奴ほど二言目には経験を云々言うが、
判らないことを知るためには本が必要な時もある。
ネットでも知っていることをわざわざ検索する奴は多くないだろう。(再確認は除外)
何か知りたいから、検索するという行為が起きるわけだ。
勉強しなければ、回りまわって自分が困るだけのこと。

*本日の名言「山ちゃんはやめへんで!」
posted by zola at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

『中嶋清八の作品展のお知らせ』

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明けましておめでとうございます。
2010年の記事第一弾は作品展の紹介をしたいと思います。
本ブログでも何度か取り上げた人形作家・蔵書票作家の
中嶋清八さんの作品をまじえた、作品展が今月開かれます。
中嶋さんから案内状を頂いたので、紹介したいと思います。

「5人の銅版画家展」
浅野勝美、岡本玄介、庄漫、中嶋清八、高田美苗の
5人の銅版画の錬金術師たちによる作品展です。

2010年1月9日(土)〜1月17日(日)会期中無休
アートギャラリー絵の具箱(吉祥寺)
http://www.enogubako.in/
0422-20-2602
(13:00〜20:00最終日は18:00まで会期中無休)
東京都武蔵野市吉祥寺本町2−24−6吉祥寺グリーンハイツ205

「ExLibris -蔵書票とイメージ-」
2010年1月19日(火)〜1月30日(土)
スパンアートギャラリー
http://www.span-art.co.jp/
03-5524-3060
(11:00〜19:00最終日は17:00まで。*日曜休廊)
〒104-0061東京都中央区銀座2-2-18西欧ビル1F
出品作家:アルフォンス・イノウエ、杉本一文、多賀 新、
戸田勝久、中嶋清八、林由紀子、山下陽子、山本六三

各作品展とも評価の高い作家が作品を出品しております。
特に「ExLibris -蔵書票とイメージ-」のアルフォンス・イノウエ、
杉本一文、多賀 新、林由紀子、山本六三は蔵書票コレクターには
極めて人気が高い作家であり、日本を代表する、蔵書票作家
と言っても過言ではないでしょう。

中嶋清八さんのブログ
(彼の素晴らしい作品群を見る事が出来ます)
http://53435481.at.webry.info/
posted by zola at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 絵画・美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする