2010年07月11日

『林 由紀子銅版蔵書票集 「プシュケの震える翅」出版記念個展』U

hayashiexlibris030.JPG

先日の7月3日から、東京・高輪台の啓祐堂ギャラリーで開かれている、
林由紀子の蔵書票の個展に7月10日に行って来ました。
都営浅草線の高輪台駅を降りて、
少し歩くと啓祐堂ギャラリーに到着します。
書肆 啓祐堂に併設されたギャラリーであり、
書肆 啓祐堂のご主人、杉本氏が運営しているものです。
7月10日は銅版画・蔵書票作家である、林さんが在廊しており、
作品への熱い思いなど、色んなお話を聞く事が出来ました。
林さんは、今後は海外からも蔵書票の注文を受け、
制作をしていきたいと語っていました。
今回、私が買った蔵書票は、「女王たちは蜂蜜パンを食べる(ハート)」
(2010年制作 E.A.)で、一目惚れしたので、これを選びました。
(票主は江副章之介氏であり、今回刊行された林由紀子銅版蔵書票集
「プシュケの震える翅」の刊行元のレイミアプレス代表です)

林さんの蔵書票はどれもが大変素晴らしいのですが、
(女性作家で、エロスを醸した雰囲気のものが中々無いのですが)
エロチックで、トランプを模しており、また描かれている女の髪を
アップしているのが何とも良く感じて、これに決めました。
本当に選ぶのが苦労するほど、どれもが凝った、練りに練った構図で、
卓越したセンスで、傑作ばかりです。(林さんはとても良いセンスをしています)
女は蔵書票ではよく描かれる題材なのですが、髪を下ろしているものばかりで、
髪をアップしているのはとても珍しく感じたのです。女の髪はエロスを感じます。
林さんは、とても素敵な人で、素晴らしい才能を持った方です。
これからも良い作品を作って頂きたいと思いますし、私は大変期待しております。
懇切丁寧に説明をして下さり、大変感謝致します。

江副氏が在廊していたならば、是非お話を聞きたかったのですが、
7月10日はあいにく在廊ではなく、誠に残念です。
江副章之介氏は日本の蔵書票界の重鎮であり、極めて精力的に
活動しており、日本の蔵書票界の発展には欠かす事が出来ない人物です。

日本において、蔵書票というのは、知名度が有るとは言えません。
しかし多数の作家が蔵書票を制作しております。
その中で、注目すべき、優秀な若手作家を挙げるとするならば、
私は以前記事を書いた、中嶋清八さん、それに、
(今回お話を伺う事が出来た)林由紀子さんの両名を選びます。
両名共、繊細かつ優美であり、個性溢れる、独特の世界観を構築しており、
その完成度は極めて高いと言えると思います。
両名とも優れた技術を持ち、感性も素晴らしく、真摯に作品に取り組んでおります。
人の好みというのは、様々だと思いますが、
お二人の感性は私の好みに合致しています。
色んな蔵書票作家が居ますが、本当に自分の好みと合致した、
感性を持った作家、作品に出会うのは難しく、正に僥倖だと言えるでしょう。
これからの日本の蔵書票界に無くてはならない逸材であり、
また大変期待出来る存在だと私は確信しております。

今回、林さんから、興味深いお話を伺うことが出来ましたが、
書肆啓祐堂の杉本氏からも色んなお話を伺うことが出来ました。
杉本氏は書物や蔵書票に造詣が深く、好々爺、博識で紳士的な人物です。
書肆啓祐堂は、とても品の良くかつ選び抜いた古書が並んだ店です。
中でも目を引いたのは、フランス文学の生田耕作や澁澤龍彦等の古書です。
興味有れば、行ってみてはいかがでしょうか。
posted by zola at 02:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 絵画・美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『林 由紀子銅版蔵書票集 「プシュケの震える翅」出版記念個展』T

hayashiexlibris010.JPG

林 由紀子蔵書票展
「プシュケの震える翅」
蔵書票全作品集出版記念
普及版定価3800円(税別)、会期中特別価格3500円で頒布。
2010/7/3(土) 〜2010/7/13(火) 午後2時〜7時(水曜日休廊)
啓祐堂ギャラリー高輪インターコート1F
〒108-0074 東京都港区高輪台3-9-8
/Fax 03-3473-3255
http://www.keiyudoh.com
JR品川駅より徒歩約10分
都営浅草線高輪台下車徒歩約3分

林由紀子 銅版蔵書票集(カタログレゾネ)の概要。
『プシュケの震える翅』
普及版と限定特装版の2種。
普及版は赤表紙・白表紙の2種有り。
普及版は既に刊行済。
本会場・都内一部書店・画廊等で販売。
なお、本個展会場でも販売しており、
本個展会場の販売価格は3500円。
普及版でも、本個展会場での販売分に関しては、
林由紀子のサイン入り。
限定特装版は7月末に刊行予定。

普及版。 A4判上製丸背本、硬質ビニールカバー装、本文糸かがり綴じ、
カラー32頁、モノクロ64頁、印刷見返し、掲載蔵書票図版カラー20点、
モノクロ104点、蔵書票以外のカット7点(すべて本書のための描き下ろし)を収載。
見返しに著者による装飾画を印刷するほか、本文のほぼ全頁に著者による
装飾枠を印刷。蔵書票リスト、票主索引完備。
すべての記事について、英文を併載。
発行部数1000部(製本900部、未綴じ本100部)
価格3,800円。刊行2010年7月1日。

限定特装版。A4判クロス表紙上製丸背本、グラシン紙覆い、夫婦函入り、
本文糸かがり綴じ、カラー40頁、モノクロ64頁、印刷見返し、
表紙と裏表紙には、著者による装飾画を全面金箔押し、
夫婦函の平と背には、書名・作家名・出版社名を金箔押し。
普及版の内容に加えて、「儚いものの記録 花の素描集」
(カラー8頁、素描9点)を収載。
新作蔵書票オリジナル手彩色10点(署名・タイトル入り)貼り込み、
署名、限定番号入り・奥附に、著者画による検印紙貼り込み。
希望者には、巻頭の印刷蔵書票に、所蔵者の氏名を作家が直筆記名。
50部。価格6万(税別、送料別途実費)
頒布時期2010年7月末予定。
頒布はレイミアプレス刊行元直販。

2010年7月30日追記。
youtubeで高輪台の啓祐堂ギャラリーで行なわれた、
林由紀子の個展の様子を収めた動画を見つけたので、
ここに掲載します。
動画ではやはり細部までは判りません。
銅版画、特に蔵書票はその目的故に
手にとって至近距離で眺めるものなので、
やはり実際に手にとって見るのが一番だと思います。
旧来の既得権者(第三の権力或いは第四の権力)のマスメディアに
取り上げるものばかりが最良、或いは最高であるとは限りません。
天才、或いは才能有る人物は、いつでもどこでも身近にいるものです。
既知の美術史に取り上げられる芸術家だけが天才ではないと思いますし、
最高のものを作り上げるとは限らないと私はいつも思っています。
美術や芸術は決して巨大な美術館に有るものではなく、
日常に普遍に存在すると思います。
また実際に買って飾って楽しむものだと私はいつも思います。
その辺の事が多くの日本人には理解されないのは悲しい事です。
全員ではないにしても、多くの日本人にとり、
美術や芸術は高尚だという意識が有るようですが、
そんな事はないと私はいつも思います。
美術や芸術は身近なものであり、実際に飾って楽しむものだと私は思います。

林由紀子・プシュケの震える翅・銅板蔵書票集
http://www.youtube.com/watch?v=9JGEMeSbADY
(記事投稿時なら視聴可能)

林由紀子・プシュケの震える翅・銅板蔵書票集 其の2
http://www.youtube.com/watch?v=9R--uBrJXEE
(記事投稿時なら視聴可能)

林由紀子・プシュケの震える翅・銅板蔵書票集 其の3
http://www.youtube.com/watch?v=5-pJlL7ezto
(記事投稿時なら視聴可能)
posted by zola at 02:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 絵画・美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月05日

男に依存し続けた女が自立を目指す女の為に服を作る『ココ・アヴァン・シャネル』

coco010.JPG
女の利益は男の不利益、男の利益は女の不利益。

2009年フランス製作110分。主演オドレイ・トトゥ。

本映画は(大人の事情で)随分提灯記事が多い。
大人の事情により本映画を褒めたり、
又は提灯記事を書くことによって、
大きなメリットを得るなら話は別だが、
事実そうではないので、俺は思うがままに感じた事を書く。

昔の事だが、「女の****で地球(世界)は回っている」と
どこかで小耳に挟んだ記憶がある。
****は放送禁止用語なのでここでは書けない。
フランス語では確か幾分上品に言えば、
「小さな引き出し」みたいな言い方だったと思う。
女の****を人参のように、男の前にぶら下げて
世渡りをするというのは、古今東西どこでもある事だ。
勿論、フランスでも、日本でも。

ココシャネルという女は、そんな女の武器を使い、成功し、
自分の帝国を作り上げた伝説の人物だ。
本映画はオドレイ・トトゥが辛辣で、嫌な女だが、
男がほっとかない女、ココシャネルを演じている。
20世紀初頭のフランスがよく再現されている。
特に見ごたえがあるのは、ベル・エポック特有の服、
それに装飾過多の御婦人の帽子である。
シャネルの成功の秘密、解禁というコピーがついているが、
その秘密とは、上記のような理由だろう。
第二次大戦中、ドイツ占領下において、
自分より年下のドイツ人将校を愛人(つばめ)にし、
パリ解放後、対独協力者として非難された女だ。
確かにココシャネルという女は、有る程度は才能があっただろうが、
もし彼女じゃなく、彼であったならば、ここまでは成功はしなかっただろう。
成功した一番の理由はココシャネルが「女」であったという事だろう。
どこの馬の骨かも判らない女の面倒を見る男は
確かにフランスにも日本にも世界にも存在するが、
どこの馬の骨かも判らない男の面倒を見るという人(男・女)は存在しない。
男が「行くところが無いんだ、泊めてくれないか」と言っても
100%拒否されるが、これが女だとOKされることからもそれは判る。
もし若い頃のココシャネルが泊めてって俺に言ったら、
勿論、俺は泊めるだろう。男なら誰でもOKするはずだ。

女はいつでも男に依存し、生きているものだが、
そんな典型的に依存し続けた、ココシャネルという一人の女が
(男)自立を目指す女の為に(或いはそういう大義名分を掲げた)
服を作るというのも変な話だ。
まあ、売れれば、どうでもいいんだろう。
女というのは、本質はどうであれ、そんな心地よいスローガンが大好きだから。
ココシャネルの晩年の写真を見るといかにもフランスの老女と言った感じだ。
白人は日本人よりも(思春期以降の)劣化速度が何倍も速い。
しかし晩年はすっかり老婆となってしまったが、
彼女が若い頃は、さぞかし可愛い娘、可愛い女だったと充分推測出来る。
男がほっとかない感じの女であっただろうと思う。

この映画で描かれるココシャネルは、男から見れば確かに疲れる女だ。
映画で描かれる彼女は多くの男からは決して魅力的な女ではない。
ココシャネルは辛辣にバルサンに言う。
「財産が無ければ、友達が一人もいない癖に」
確かに本当の通りだ。
その人に礼を言っているのではなく、金に礼を言っているからだ。
金持ちに変人が多いのも頷ける話だ。
しかし、バルサンは優しい男だ。
いくら目の前にココシャネル特製の人参がぶら下がっていたとしても
ここまで寛容に、ココシャネルに接するなんて、優しさにもほどがある。
余程ココシャネルの人参をいつまでも食べていたかったようだ。
バルサンには難関不落の城を落とすような、征服願望が有るんだろう。
ココシャネルと出会う男全てがそんな思いで一杯である。
ココシャネルは世界一ついている女だ。
ここまで、人を不快にさせ、思い上がった女を
ここまで面倒を見るというか、援助してくれる男達と巡り合ったのだから。

今、ココシャネルを賞賛している人も、あの当時、ココシャネルの
身近にいたら、なんて非常識な女なんだろうと賞賛はすまい。
もてる奴というのは、確かにいる。まだ若い頃の話だ。
俺が今までに出合った男にも確かに存在した。(仮にAとしておく)
Aは同性から見たら、どうしようもない男だが、
何故か、Aは女には不自由しなかったし、
彼女には何から何まで面倒を見てもらっていた。
女から金を借り、女から靴下からバックまで何でも買って貰っていた。
Aはそれが当然だと思っていたし、彼女もそう思っていた。
そう思わないのは、Aの周りにいた人だけだった。
俺は或る時、人に訊いた。「何故?どうして?」
その人は答えた。
「俺には判らない。男には判らない。きっとA特有のフェロモンみたいのが
有るんじゃないの」
そうA特有のフェロモン(魅力)みたいなものがあって、
それがそのAのフェロモンを合致する女だけを魅了するのだろう。
それはAに魅了された女しか判らないことだ。
Aと同性の俺らには到底判らないことであった。

イギリス人の金持ちボーイと黒のドレスを着て踊る時、
ココシャネルが「皆の注目の的」とか言うが、
それは良い意味じゃなく、それは勿論悪い意味で注目されているんだが。
舞踏会に黒のドレスなんて、葬式にピンクのドレスをきていくようなもんだ。
ココシャネルは相当なヘビースモーカーだったそうだが、
煙草を咥えながら、接客とは驚いた。
(まあ相手がココシャネルなんで、誰も文句は言えないだろう)
フランスに商慣習では店と客は対等だが、いくらなんでも、
創業者ココシャネル無き、今のシャネルではここまではすまい。

本映画に登場する、バルサンの屋敷に蔵書が有ったが、
バルサンは勿論読まない。
バルサンは愛書家のカテゴリーに入るかどうかは知らないが、
書斎に仮綴本を並べてはいないのは事実なので、愛書家と仮定する。
狭義だが、今、ここで述べる愛書家の蒐集する古書には前提条件があり、
刊行は遅くとも1940年代までのフランスの(挿絵本等の)限定本であり、
勿論仮綴本ではなく、装丁家に依頼した本という意味だ。
一般人はこんな疑問を持っているようだ。
何故、読まないの?良い質問だが、しかし、それは愚問だ。
フランスの愛書家が綺麗に装丁された本など読む訳が無い。
(もし仮に読むとしたら、その時点でその人は愛書家とは言えない)
仮綴はともかく綺麗に装丁されたものほど読むはずが無い。
フランスの装丁芸術が今でも有る国の愛書家が、装丁家に
わざわざ注文して装丁を頼んだ本を何が悲しくて、
読まなければならないのか?逆に聞きたい。
(装丁を注文すると言っても簡単にすぐ出来る訳じゃない。
注文してから完成まで半年、或いは一年以上待つのはザラだ)
「装幀の美(同朋舎)」に掲載されている装丁本は、
全て極美で、装丁されてから百年以上経過しているものでさえも、
昨日装丁されたばかりに見える。何故綺麗なのか?
それは装丁技術の高さ、使われている素材の良さ、手入れの良さも有るが、
一番の理由は誰も読んでいないからだ。(読め読むほど劣化する)
何故読まないのか?と疑問に思う人は、是非、博物館に行って、
千利休作の茶杓や正宗作の日本刀を何故使わないのかを訊いて欲しい。
本というよりも、オブジェ、芸術家の作品と思って欲しい。
そう思わないからこそ、何故読まないのだという疑問が出てくる。
(勘違いをしている人が良く居るが、蔵書家と愛書家は根底から全く別物だ。
ひとくくりにはしないで貰いたい)
posted by zola at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月03日

絵画 好きな挿絵画家 『シェリ・エルアール』X

herouard1007080.JPG
さてシェリ・エルアールの挿絵が、昔のカストリ系の雑誌の表紙を
飾った件についてだが、意外と言えば意外だが、そんなに意外でも無い。
世界で最も、Curiosaが高度に発達したのは、フランスに他ならないからだ。
エルアールが活躍した、1910年代、1920年代は
そういった挿絵の黄金時代であって、デザインが凝っており、
イラストレイターの力量が思う存分発揮された時代でもある。
エルアールに関して、今までにも述べてきたが、
コケテッシュであり、画面構成やデザインなどが巧みで、卓越している。
そういった経緯があり、エルアールを起用したのは当然と言えば当然と言える。
今回、(以前は、紹介しなかった)エルアールの「ラ・ヴィ・パリジェンヌ」等の
挿絵を紹介する。前回は2009年6月なので、ほぼ一年ぶりである。
posted by zola at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 絵画・美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

絵画 好きな挿絵画家 『シェリ・エルアール』W

herouard1007060.JPG
最近、アクセス解析を見てみると、
世の中広いもので、奇特な人がいるもんだと思った。
エルアールを検索して来たり、
或いは「懐かしき奇譚クラブ」というサイトから経由して来ている。

懐かしき奇譚クラブ
http://kuro2000.x.fc2.com/
(記事投稿時なら閲覧可能)

このサイトはタイトル通り、あの奇譚クラブなどを
紹介するサイトである。
管理人は既に還暦を越えていると書いているので、
あのような雑誌蒐集或いはそれ系自体に興味を持った、
最後の世代かも知れない。
既にそれ以前の世代は全て鬼籍に入ったのである。
このカストリ系の雑誌は勿論、酸性紙なので、
長期保存は不可能、集める人、買う人が消滅するか、
或いは雑誌自体が消滅するか、いずれにしろ、時間の問題である。
切手収集が廃れたのは、後継者がいなかった、育たなかった為であり、
こういったCuriosa、或いは蒐集家は今後消滅する一方である。
将来、自分の首を絞めるだけなのに、切手業界は何もしなかった。
後継者育成も啓蒙活動も一切せず、切手収集は日本では完全に消滅した。
古書業界も何もしない。啓蒙活動も宣伝もしない。
将来の自分の飯の種を育てようもせず、相変わらず、昭和時代のように、
自分の店で、ふんぞりかえるばかりの殿様商売をしている。
確かに昭和時代まではそれで良かった。それで飯も食えた。
確かにそんな商売でも飯は食っていけた事は事実だ。
しかし時代は完全に変った。
ネットや電子書籍が台頭し、人は昭和時代よりも
読書という行為をより一層しなくなり、本の価値が下落した。
当然、古書の価値も下落した。古書価格も今や底値中の底値である。
欲しい人が居なければ、当時どんなに高額であった本でも
稀覯書でも0円である。
グーテンベルクでもインキュナブラでもシェイクスピアのフォリオでも
三島の初版本でも、買う人が居なければ0円である。
今の時代ほど、拝金主義が横行し、知識というものが
蔑ろにされている時代は無いだろう。
TVの馬鹿げたクイズ番組で、ウスラ馬鹿の"フリ"して金を稼ぐ芸人こそが、
今の時代の象徴である。(本当の馬鹿なら、あそこまでは世渡りは出来まい)
posted by zola at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 絵画・美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月01日

オヤジならフランスが大好きだよな? 『madmoizelle.tv』W

madmoizelletv05.JPG
madmoizelletv06.JPG
madmoizelletv07.JPG

Mode & Street Style.
様々な人のファッションを紹介するコーナーの続き。

Street Style - Marine, 19 ans
http://www.madmoizelle.tv/v3/441,street-style-marine-19-ans.html
(記事投稿時なら視聴可能)
死語だが昔の言葉で言えば、キャピキャピしている。
日本の女でも、こんな話し方をする女っているよな。
まあ世界何処でも女というのは、明るいものだ。
そうヒマワリの様に、天真爛漫である。
それが女というものである。
とても明るくて楽しくて絶対退屈しないだろう。
話し好きの女は昔から俺は好きだ。会話こそが人間の特性だと思う。

Toute Nue Style - Lei, 27 ans
http://www.madmoizelle.tv/v3/713,toute-nue-style-lei-27-ans.html
(記事投稿時なら視聴可能)
まさか、これが出てくるのは思わなかった。
思いっきりがいいな。さすがフランスだ。
日本ではとても出来ないだろう。
まさか生まれたままの姿で登場するとは!
それだけじゃない。
日本語で短く表現するならば、「ゆっさゆっさ」だ。
これほど「豊満な実り」を的確に表現する言葉は無いだろう。
Leiはとても魅力的で結構好みだ。
取材しているカメラマン兼インタビュアーも仕事をしていて楽しそう。
無報酬でも取材したい男はいくらでもいるはずだ。
むさいオヤジを取材するのと、生まれたままの姿の女を取材するのでは
同じ仕事でも全く違う。これは健全な男なら誰でも判るはず。

Chroniques BD de Penelope.
最後にフランスの漫画である、バンドデシネを紹介するコーナーもある。
紹介してくれるのはPenelopeだが、名前も可愛いが本人も可愛い。
Penelopeもゆっさゆっさ系である。
Chronique BD#5 - Retour au college
http://www.madmoizelle.tv/v3/425,chronique-bd5-retour-au-college.html
(記事投稿時なら視聴可能)
posted by zola at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オヤジならフランスが大好きだよな? 『madmoizelle.tv』V

madmoizelletv03.JPG
madmoizelletv04.JPG

Mode & Street Style.
様々な人のファッションを紹介するコーナー。

Street Style Burlesque - Cherry Lyly Darling
http://www.madmoizelle.tv/v3/1035,street-style-burlesque-cherry-lyly-darling.html
(記事投稿時なら視聴可能)
彼女はエンターティナーであり、Vaudevillianである。
とても可愛くて、美しくて、それにコケテッシュだ。
ムーラン・ルージュの例が有るように、フランスには古来から
この様な人(特に男)を楽しませる伝統文化が存在する。
くるくる表情が変わって面白い。
男より女の方が感情表現はどこの国でも豊かだ。
どうしても男はなかなか顔には女よりは出ない。
(それは男は泣いてはいけないという社会規範に準じている)
女が化粧一つで印象がガラリと変る。娼婦にも天使にもなれる。

Street Style - Bambie, 19 ans
http://www.madmoizelle.tv/v3/668,street-style-bambie-19-ans.html
(記事投稿時なら視聴可能)
Bambieは明るく、表情豊かで、とてもサービス精神が旺盛だな。
話したら退屈しないタイプ。
posted by zola at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オヤジならフランスが大好きだよな? 『madmoizelle.tv』U

madmoizelletv02.JPG
フランスも根本的には日本とは大差ない。
社交辞令も言えば、お世辞も言う。
また言葉よりも空気読めという雰囲気も実際には有る。
フランスでさえも一般的に恋愛は男待ちであって、
女から声をかける事も無い。
それらは、実際にフランス人に接してみればよく判ることだ。
外国人が思う様に、我々はサムライなんかでは決して無いし、
また刀も挿して無いし、丁髷もしていないと事と同様である。
また従来、フランス、或いはフランス文化に興味を持つには、
決して男ではないし、またオヤジでもない。
それらに興味を持つのは90%以上が女である。
大学での第二外国語を選択する際に、フランス語を選択するのが、
殆どが女であることと同様である。

まず音楽だが、気に入ったものを何曲か見つける事が出来た。
それを紹介する。

Sessions acoustiques.
Melanie Pain - ≪ Ignore-moi ≫
http://www.madmoizelle.tv/v3/583,melanie-pain-ignore-moi.html
(記事投稿時なら視聴可能)
なかなか聴かせてくれる。しかし上手いもんだ。
彼女の声が可愛い。フランス語の特性がよく判る歌だ。

ZAZ - ≪ Dans ma rue ≫
http://www.madmoizelle.tv/v3/1011,zaz-dans-ma-rue.html
(記事投稿時なら視聴可能)
とても上手い。思わず聴き惚れてしまう。
彼女の声と曲が完全にマッチしている。

Decouverte - Skinnilove ≪ Girls Just Wanna Have Fun ≫
http://www.madmoizelle.tv/v3/1056,decouverte-skinnilove-girls-just-wanna-have-fun.html
(記事投稿時なら視聴可能)
シンディローパーのカバー曲。最後の彼女の話し方がとても可愛い。
特異な事を普遍化は出来ないが、大抵のフランスの今の若者は
(一部を除いては)英語が出来る。
フランス語と英語は言わば兄弟みたいなものであり、似たようなものであって、
英単語の相当な数の単語がフランス語が語源のものが多い為に
英語を習得するという事は、日本人が英語を習得するほどの難易度は無い。
イギリスとフランスは地理的に近く、イギリス人も数多くフランスに移住しており、
フランスで英語を学ぶという事は学ぶ気が有れば、容易な事である。
しかし日本の様に、母国語で生活出来るので、必要と感じない者は一切覚えない。
ちなみに語学を学ぶ際には、男よりも女から学ぶのが適している。
女の声は男よりも高く、聞き取りやすい。
声が高いほど聞き取りやすいので、男よりも女から発音を学んだ方が良い。

posted by zola at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オヤジならフランスが大好きだよな? 『madmoizelle.tv』T

madmoizelletv01.JPG
今回は、主にフランスの女の子に人気のwebサイト
madmoizelle.comから派生した、madmoizelle.tvの紹介。
ファッション(生き方)、音楽などを動画で紹介するという、
(ネットの特性を生かした)webサイトである。
男がフランスを語る、或いはオヤジが
フランスを語ることは今まで無かった。
しかし、今回、男から見たフランスを、
オヤジから見たフランスを
『madmoizelle.tv』を通じて紹介してみようと思う。
『madmoizelle.tv』は、フランスに興味を持っている、
俺にとってはお気に入りのサイトであるが、
日本での知名度は無いに等しく、当然ながら全く知られていない。
本来ならば、日本で識者と言われる輩が
紹介するべき事で有るが、いつも口先ばかりで
使えない奴らばかりで全く当てにならない。
(人の役に立ってこそ識者だと思うんだがな)

つーかブログとか始める奴多いよな。
ただ言うだけなら誰でも出来る。
ブログを始めましたと誰も別に期待してないのに、
誰も頼んでもいないのに、何も考えずに始めちゃうつー軽薄な輩は、
ウジャウジャして、俺のサイトにも毎日来るがね。
皆が始めたから、皆がやっているからと明確な理由も意図も無しに、
ブログとかツイッターを始めるとか、何も考えてない奴が非常に多い。
人に流され、扇動され、踊らされ続けた挙句に死ぬというのも、
それは一つの生き方だし、それも人生だろう。
皆例外なく一発屋ですらなく、記事すら何も書いてないが、
自分で、何かを発信するほど興味を持った分野とか無いのか?
といっても、貴方が何を食べたとか実質一時間しか寝てないとか、
腕立てふせを何回出来るかとか、つーか誰も別にそんなの興味ねーから。
(どこの世界でもな、有名人でもねえ無名な奴の生活なんか
1ミクロンも興味ねえから)

俺はブログだけというか、ネットだけの付き合いを前提とした
(そんなの関係と言えるかどうかすら知らんが)
超希薄な関係は好きではない。
それに”社交辞令”(仲良しゴッコ)としてコメントする奴もいる。
或いは養分が欲しくてコメントする奴、またはスクリプトで
(アクセス欲しさに)どうでもいいアクセスを頻繁にする奴
(アフィリエイトや政治ゴロ(転載記事等)が比較的多く感じる)は多いよな。

(もし書き気が有るならば)自分しか書けない、
書く事が出来ない事を書くべきだ。
貴方がこの世で唯一の存在だ。
この世界が誕生して滅亡するまで、貴方が歩んできた人生は
この世の誰もが決して経験出来ない事だ。
そんな貴方の人生観、生き方、考え、哲学、
個性的な趣味嗜好を書くべきだと思う。
誰もが書くような、どうでも良いようなことは果たして、
貴方が改めて、今更書いても意味(需要)があるのだろうか?
その人しか出来ないことがきっとあるはず、
そういうのを人は待っているはず。

俺はやきうだのサッカーだのギャンブルだの宝くじだのパツンコだの
ケーリン、ケーバ、キョーテだの、車だの(金田の)バイクだのアニメだの
漫画だの釣りだのは全くわからん。興味を持ったことすらない。
(この世の中に、その様なものが存在している事だけは知っている)
やきうの知識は、王、長島、江川、南海ホークスのドカベンで永久に停止。
サッカーはあのアルシンドとか(ナントカ)カズとかいう人しか知らん。
つーか、あの人達だけは他と区別出来るが、他は皆同じに見える。
(やきう選手も王とか長島、江川等以外は皆同じに見えて区別がつかない)
あとは、まさおJリーグカレーしか知らん。
今回のサッカーを「数分弱」という記録的な長時間TVで見たが、
あのブブゼラとかいう変な楽器が煩かったことしか記憶に無い。
何か日本には中村とかいう選手がどうやら居るらしいという、
情報を最近つかんだだけだ。顔とかは知らん。
中村某の名前だけしか知らん。
あとサッカーは手を使っちゃ駄目でデカい籠にボールを
入れるのを競うスポーツらしいとしか判らんし、興味すら無い。
よく報道で日本中が熱狂と言うが、確実に言えるのは、
絶対言えるのは、そこには俺は入ってない。俺は決して踊らない。
日本人がどれだけ居ようと俺は熱中も熱狂も絶対しない。
(ただ、サッカーというスポーツが存在している事だけは知っている)
つまり自分の人生に何かしらの大きなメリットでも無い限り、
上に列記した事柄は俺にとっちゃどうでも良い事、
上に列記した事柄が、もし明日全部無くなっても俺は一切困らない。
これだけは言える。観戦というか見ているだけなら何にして詰まらない。
それは俺にとって、それは苦痛でしかない。
ただ見ているだけよりも俺は参加した方が何倍も良いと思っている。
出来るか出来ないかは別としても。

日本でのフランス文化の紹介は主にイメージ戦略であり、
そこには大人の事情というべき思惑により、マスコミによって
誘導、もしくは先導され続けている。
しかし、それらは真のフランスでは決して無い。
フランスは日本人の俺から言えば、特にオシャレですらない。
世界で一番かわいい女、
世界で一番オシャレで洗練された女とは、
それは我が国、日本の女に他ならないと俺は断言する。
他国に類を見ないほど、センスがよく、高度に洗練され、
オシャレとは何かを良く知っており、女というものを
巧みに利用するのは、日本の女に他ならない。
ジャコモ・カサノヴァが、もし日本の女というものの存在を
知ったならば、狂喜乱舞しただろう。
日本の女は服、化粧、美容に関し、他国の女よりも群を抜いて、
相当な金額をかける。
(それらの費用だけでも貧民国の何年もの年収に値する)
posted by zola at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする